ホノユカのブログ

音楽と漫画とFF14を愛するブログ

久しぶりに高難易度に挑戦。

どうも。こんばんは。ホノユカです。

 

最近はサブの補助部下ばかりでプレイしています。緩めに無理なくやっています。

 

ですが4月から零式1層くらいはやってみたいなって思いが沸々と沸き始め、武器ないし極やってからかなと何となく思っていました。

 

それで極エヌオーを攻略開始。久しぶりに賢者での攻略。BHでの高難易度はPHとはまた違う大変さがありますが、賢者は反射的に動けるから助かっています。ほぼ詠唱ないし。

 

やっぱり高難易度は楽しいなぁと思いながらプレイしています。ノーマルではないスピード感はハラハラしますし、死んだら終わるという圧力は怖いですが、それでも攻略しているという充実感はありますし、少し理解が深まるとそれだけで達成感もあります。

 

それでも。野良だと警戒心は拭えず発言は控えてしまいます。相談をしているのを眺めている、自分だけ確認するという、チームプレイとは離れた場所にいることを実感します。

 

色々と制限があるなかで、付き合ってくれる身内の皆様。失礼なこともしてしまいがちですが、今後ともよろしくお願いいたします。

漆黒・暁月を振り返って。

久々にFF14の内容です。

 

現在、HonoYukaは完全にお休みして、サブキャラメインで遊んでいます。

 

それで先日暁月の6.0を終えましたので、やり直して見えた今の感想を書いてみたいと思います。実はメインの時はみんなに追いつきたい一心で、結構な頻度でスキップしてたから、細部を知らなかったりしました。

 

漆黒は本当に感情を揺さぶられます。出会いと別れ。光と闇。相対して混ざって、大きな感情に昇華していく。それが本当に効いていて、何度も涙が出ました。

私的に感動した箇所。

・水晶が悪者演技をネタバレされてるところ

・セトとアルバート

アルバートの魂を持っていくとこ

・指パッチン

どうでしょうか。同じようなところで感動した人は多そうですよね。それとラハを迎えにいくシーン。最高っす。

 

暁月は今までの総決算。やって思ったのが、一個のクエストが結構な割合でムービーも含むので、めちゃくちゃ時間が溶けていく。そして濃い。

 

随所に「どうするんだ?」って謎も多くて、ストーリーを気にさせる。そして戦争が終わる章ですが、終戦処理がとんでもなく重い。いや、そりゃそうだよなぁ。自分たちには使えない未知の力を使う野蛮人が、自分たちの国に踏み入ってきたら、そりゃあ怖いよね。バンバン人が死んでいく。重く苦しい。本当にガレマルドは辛い。

 

と思ったらラザハンの終末はもっと辛くて…。メインのt時から思ってたけど、こんなに行きたくないIDは他にないよ。アルカーゾラ族の家族が化け物に変わるシーンを毎回強制で見るの本当にきつい。本当にここ運営のメンタル疑う。絶対メンタルブレイクしてるもん。

 

エルピスはエメトセルク、ヒュトロダエウス、ヴェーネス、それに元凶二人組。物語の佳境に入っていく実感がありました。

エメトセルクの人気がすごいのは知っていますし分かります。ツンデレぶりがパーフェクト。ですが正直に言います。私はヒュトロダエウスの方が好きです。いや、顔が良いじゃん。物腰柔らかくて、いつも余裕ある感じ。好きになるよね。あと声もいいんだ。声?話し方?めっちゃ好きよね。もっと欲しかったなぁ。

 

ハイデリン。あんなん泣くわ。もうさ。切ないし。良かったねってなるし。お疲れ様ってなるし。情緒がぐちゃぐちゃにされちゃうよ。卑怯。ここの運営は泣かせにくると、本当に容赦ない。

 

ウルティマトゥーレ。まぁ初見じゃないから先知ってるから余裕あったけど、やっぱ一人になると寂しくなっていくしね。みんな健気で「らしく」去っていくからさ。

そこにきてエメとヒュのコンビじゃん。やっぱ初見ほどは感動しないけど、いや普通に感動するよう。エメトセルクが本当に、本当に良い激励をしてくれるんですよ。最高だよ。

 

で、終焉倒して最後にゼノス。彼は本当に本質しか見ないよね。邪魔は全て邪魔でしかない。好敵手というと軽いけど、最後は本当に「友」だったと思う。主人公=プレイヤーでもあるから、主人公に本質なんてないけれど、1番深く理解できていて、それを提供出来たのはゼノスだけだったのかも。

 

それで暁、解散。読後感の素晴らしい小説を見ていた気分。「暁月のフィナーレ」、暁の最後を本当に良く表現してる。

 

本当に良い体験した。

 

黄金はこの二つと比べられがちで、確かに私も少し辛い評価をしているけど、黄金が漆黒と暁月より面白くなる事ってかなり難しいと思う。だって物語の終盤ら辺で感動のカタルシスを解き放ってる最中の物語と、物語序盤で伏線や謎を散りばめている最中の話を比べたら、公平の批評は出来てないと思う。

 

という事で締めくくります。

 

小説を書く理由

小説書きを再開しました。とりあえず1作だけでも完結させてあげたい。

 

小説と言うと、とてもなんか大きいものを感じますが、今はあちこちに無料でアップロードできるサイトが溢れ、誰でも小説家になれます。スマホがあれば誰でもチャレンジ出来るお手軽さも魅力ですよね。

 

私が初めて物語を作ったのは、まだ10代の頃。作詞作曲の息抜きで書いてみました。それから「小説家になろう」という流行りが出来て、一度載せたことがあります。就職をして辞めてしまいましたが。今思えばただ作った歌詞を載せてただけ…。詩集だったかも。

 

もとより何かを表現するという事が好きです。しかし、プレッシャーに弱く緊張しやすく、対面でお話しをして感情を発露する事が苦手です。電話だと顕著にその傾向が出て、吃ってしまう心因的要因による『獲得性吃音』も少しあり、なかなかお話しをして感情を整理するという事が難しいです。普通の人だと普通に会話で完結しているアウトプットが思うように出来ないので、他の方法で出していくしかない面もあります。

 

ただ人っていう生物は、インプットしたらその分をしっかりアウトプットしないと心に負担が貯まります。それがうつ病だったり双極性障害だったり、心の病に繋がっていくのです。なので貯まった刺激や感情は定期的に消化しましょう。

 

と、何も偉そうに人に言える立場ではない、アウトプットが上手く出来ないと日々苦しんでいる私ですが、芸術関係はジャンルを問わずに好きですので、そういう事でアウトプットしたいと常々思っています。

 

お芝居関連や音楽、絵画なんかも興味があって若い頃はよく見ていました。今はお金や時間もなく出来なくなりましたが…。簡単に言ってしまえば芸術関係は基本なんでも好きです。

 

もちろん小説も好きです。とは言え、年に3、4冊程度しか読みませんので。本当の小説好きさん達からすれば、「好きとは?」と問い詰められてしまいそうですが、好きなものは好きなので許してください。代わりに音楽でマウントを取ってもいいのですが、何も実りそうにないですし。マウント返されたらそれこそ救いようのない…。

 

脱線しましたが、私が小説を書くのは、「心の整理をするため」という事。文章を作る事に自信があって、それを認めてもらいたいって承認欲に溢れてる訳でもなく(多少はある)、自分が自分らしくある為の作業です。

 

小説書いてると没頭出来ますし、スマホ一本で出来るし、無料だし。安上がりで自分の妄想を書けば出来るから最高ですよね。あくまで私の生活基盤は子が第一、仕事が第二。趣味はそこまで順位が高くないです。だからこそ良いのです。

 

嬉しい事に何件かDMいただいて応援されたりしています。ありがとうございます。なかには商業化を目指して頑張ってくださいなんて意見も!ものすごく身の丈に合わないような評価をいただき、少し驚いていますが、やっぱり自分が作った作品が誰かの心に刺さるって嬉しいですよね。自信にはしませんが、励みになりました。

 

ただ、今は自分が好きなように書いて、自分が好きだと思える文章に近づけるように頑張る事で精一杯ですし、本当に色んな人の作品見て学んでいる最中です。

 

出来たら同じ現代ドラマのミステリや大人の恋愛もの、リアルな青春ものがあったら教えてください!勉強します!性的な描写があっても全然ありです。ただの行為のあれこれじゃなくて文学的なエロだったらですが。

 

という報告でした。

生存報告と心境と抱負。

八月頃に、かなり踏み込んだ内容のブログを書きました。

今でも、あの記事を公開したことが正解だったのかどうか、はっきりとは分かりません。


読み返すと、恥ずかしさもあります。

あまりにも生々しくて、感情が剥き出しで、よくこれを世に出したなと思います。

でも同時に、あの時の私は、それくらい追い詰められていました。


書かなければ、きっと自分の中で何かが壊れていた。

あの記事は説明ではなく、ほとんど悲鳴だったのだと思います。


あれからしばらく時間が経ちました。

今は、当時よりは穏やかに過ごしています。

少なくとも、「今日を乗り切れるかどうか」で毎朝目を覚ますような状態ではなくなりました。


ただ、何かが解決したわけではありません。

状況が良くなったというよりも、私自身が、壊れないための距離を取れるようになった、という方が近い気がしています。


嵐が去ったというより、嵐の中心から少し外に出ただけ。

風はまだ強いし、油断すればすぐに引き戻されそうです。


夫との関係について、「今はどうなの?」と聞かれることがあります。


正直に言えば、「大丈夫」という言葉で片付けられるほど単純ではありません。

関係が良くなったわけでも、問題が消えたわけでもないです。


私自身が、夫に踏み込むラインを意識的に浅くしました。

深く入り込みすぎない。

全部を理解しようとしない。

全部を背負おうとしない。


そうすることで、心がざわつく回数は減りました。

でもそれは、少し距離を置いた結果でもあります。


愛情や絆が薄れたのかもしれません。

正直、分かりません。

それを確かめる余裕すら、今の私にはありません。


それでも、夫が辛い時に話を聞く時間を作ること、支えようとする姿勢自体は続けています。

距離を取ることと、見捨てることは違う。

そう言い聞かせながら、なんとか踏ん張っています。


来年度から、上の娘が小学生になります。それだけのことで、不安が次々に湧いてきます。

入学準備、生活リズムの変化、親としての役割。

「ちゃんとやれるのか」「回らなくなったらどうしよう」

考え出すと、きりがありません。


この状態で、これまでと同じように夫を支え続けることは、正直かなりしんどいです。

気力も体力も、無限ではありません。


だから、私は一つ選択をしました。

管理職になったばかりでしたが、今月から完全に役職を降ろしてもらい、いち職員として働いています。


悔しさがないと言えば嘘になります。

「ここまで積み上げてきたのに」という気持ちは、確かにあります。

でも、今の自分に無理をさせ続けたら、もっと大切なものを失う気がしました。

それが何なのかは、はっきりとは言えません。

でも、「自分自身」であることだけは確かです。

 

昨年を振り返ると、本当に心労が絶えない一年でした。


夫のうつ状態が悪化し、私自身も「もらい鬱」に近い状態になって休職したこと。

祖母が亡くなったこと。

コロナによる施設内クラスターでの20連夜勤。

ゲームでの対人トラブルが続いたこと。

信頼していた友人からの裏切り。

職場の異性からのしつこい誘い。

そして、あのブログに書いた出来事。


こうして並べてみると、「よく倒れなかったな」と思います。

当時は、ただ必死でした。

止まったら終わる気がして、考える余裕もなく、走り続けていました。


今になって、ようやく疲れを自覚して休まなきゃと思っています。


その疲れは、趣味にも、居場所にも、はっきりと影響しています。

続けていた小説の執筆は、途中で止まってしまいました。

頭の中には、今もプロットがあります。

物語の流れも、結末も、ちゃんとあります。


でも、文章にするには、あまりにも余裕が足りません。

言葉を選び、構成を考え、納得いくまで向き合う作業は、心を削ります。

今の私には、その覚悟が持てない。


宙ぶらりんのままなのが悔しいです。

それでも、無理に再開して、書くこと自体が嫌いになってしまうのは避けたい。

だから今は、「また向き合いたい」という気持ちだけを、なんとか手放さずにいます。


ゲーム(FF14)も、私にとって大切な居場所です。

今もCWLSの代表という立場には置かせてもらっていますが、

実際のプレイはかなり控えめになっています。

ログインできるのは、ほとんどが午前0時を過ぎてから。


イベントを企画して、みんなで楽しんでもらう余裕はありません。

申し訳なさを感じる日もあります。


それに、対人関係にかなり臆病になっています。

今は、本当にごく一部の人と、たまに遊ぶくらいです。


それでも、このゲームをやめてしまったら、きっと私の心は折れます。

現実とは少し違う場所で、自分を保つ時間。

逃げだと言われても構いません。

今の私には、確かに必要な支えです。


以前は高難易度コンテンツに挑戦するのが当たり前でした。

今は、予習や復習が必要なものに向き合う気力がありません。

中途半端になってしまった自分が、悔しいです。


でも、生きることを優先するなら、出来ないことが増えるのは仕方がない。

今はそう思うようにしています。


それから、SNSについて。

ゲーム用のSNSを含めて、ほとんど動かさなくなりました。

意識的に距離を取っている部分もあります。


過去の対人トラブルが、思っている以上に尾を引いています。

文字を打とうとすると、余計なことを考えてしまったり、怖くなったりする。

以前のように、気軽に発信することが出来なくなっていました。


人と繋がる場所だったはずなのに、いつの間にか、消耗する場所になってしまっていたのだと思います。

ここも、どうにかしたい気持ちはあります。

完全に断ち切りたいわけではありません。

ただ、今はまだ、距離が必要な時期なのだと思っています。


それでも、来年は少しだけ、落ち着いた年にしたいです。

劇的に何かを変えたいわけではありません。

ただ、無理をしないこと。

背負いすぎないこと。

「今日を終えられた自分」を、ほんの少し認めること。


正直、うまく出来る自信はありません。

また立ち止まる日も、弱音を吐く日もあると思います。


それでも、今の私は、踏ん張っています。

投げ出していません。

諦めきってもいません。


このブログも、その一つです。

弱音を吐きながら、それでも前を向こうとしている、その記録だと思っています。


今はまだ、立て直しの途中です。

でも、途中であること自体が、ちゃんと生きている証拠だと、今は思いたいです。

泣き言。

告白すれば幾らか気持ちが収まる事を期待してたけど、あまり変わっていない。やっぱ眠れないしね。情けないけど1人だと泣いてしまう。ゲームもしばらくやめようかと思ったけど、孤独が辛くて結局やめれていない。けどログインしても誰かと関わるのが億劫だったり、やっぱ意味もなく涙が出てしまったりで、とてもじゃないけど身内と遊ぶのは無理。事情を知らない人から話しかけられるけど、それに対してもあんま良い感情を抱けない。知ってる人からは気を遣われるけど、それも申し訳ない。やっぱログインするのはやめた方がいいと思った。もう自分の情緒が分からない。

 

自分の精神状態は、我慢出来るかって言えば我慢出来る状態だと思う。だからうつ病かと言われればそこまでには達してないと思う。仕事も出来るし、家事も出来る。子どもの相手も出来る。でも辛くはある。我慢してるだけだ。

 

この我慢をあとどれくらいすれば良い?

この我慢は報われるの?なんで私だけこんな頑張らなきゃならないの?

 

そう思い始めてしまった。もう駄目。心が折れる。とてもじゃないけど頑張れる気がしない。なんにもやる気が起きない。でもやらなきゃいけないんだよ。もう表情を取り繕う事も出来ないけど、ご飯も洗濯も掃除もゴミ捨てもやらなきゃいけないんだよ。責任だけは投げちゃ駄目だ。そこだけは辞めちゃダメだと言い聞かせてやってくしかない。

 

ただひたすらに辛い。頑張るのをやめなきゃいけないのにやめられない。ずっと続く。これ以上耐えられる自信がない。

 

 

 

双極性障害との付き合い

少し生々しい性のお話しも出てきます。苦手な方は読まない方が良いかもしれません。知り合いも読んでいる可能性もあり恥ずかしさも強いですが、私自身がかなり参っている状態で普段出来ている気遣いが出来ていない可能性があります。「あ、こういう事で悩んでいたんだ」って理解してもらえればと思い至り、今回のテーマで書く事にしました。

 

特別に秘密にしといる訳でもなく、何度か話題にも出しているので知っている人もいらっしゃるかもしれませんが、私の夫が双極性障害という心の病を抱えています。程度は比較的軽く、Ⅱ型と言われています。この状態ですと精神障害手帳は交付されず、特に手当は出ていません。精神科の先生と相談しながら、薬の量を調節しつつ今年で発症してから6年目になります。

 

双極性障害というのは、躁状態鬱状態を交互に繰り返す病気です。うつ病とは違うとされています。

明るいの暗いのを繰り返すなんて当たり前じゃないかと思われる人もいるかもしれませんが、そういう次元ではなく、生き死に関わる状態です。

明るい状態、つまり躁状態では、かなり気が昂っている状態になっています。暴力的でもあり、自分が何やっても許されると思い込んでいる、というよりも悪い事をしていると思っていないようで、理にそぐわない屁理屈を考え正当化しています。そして寝ない。活力に溢れすぎて、1日24時間起きてるとか普通にあります。

これが続いたと思えば、今度はどんどんと落ち込んでいきます。最終的には全く動かない。話もしない。死のうとする。この6年で4回自殺未遂がありました。

この状態で『軽い』双極性障害と判断されます。重いと犯罪行為に手を染める、すぐに死のうとするなどで入院するとのことです。

 

幸いなことに、飲んでいる薬が合っているようで、症状はまぁまぁ抑えられています。ちなみに飲んでいる薬は「ラツーダ」という薬で、保険適用外で30錠で3,000円程度だった気がします(ここらは実際に私が受け取ってる訳ではなくてあやふやです)。ただ効く薬で、副作用も出にくいという事で常飲しています。

薬を飲んでいるとは言え、完全に抑えられる事でもなく、躁状態鬱状態はあります。波が弱まっただけです。

 

そしてこれが難しいのですが、症状が本当に薄い状態が続く事があるんです。そして治ったと勘違いして薬を飲まなくなったり、弱めてもらったりする。そしてぶり返す。より強力になってる時もあります。すごく打ちのめされます。恐らく薬を飲み続ける精神があれば一部寛解(薬を飲んでいれば社会復帰出来るレベルになる)まではいくのでしょう。ただ、自分がそんな状態だという事を認めたくないようで、早く薬を飲まずに治したいと焦り、失敗してしまうにです。基本的に治るものではないと何度も先生からも言われ、注意をしていても同じ事を繰り返しています。

 

さて本題です。双極性障害躁状態の特性に「性的に奔放になる」という項目があります。言ってしまえば性欲が強まり、性衝動が抑えられないとのこと。これはうちの旦那も例外ではありませんでした。幸い事に一般の他所様に手を出す事はなかったです(多分)。ですが、私に対してはかなり乱暴な面があり、無理やりされるという事がほとんどでした。何も準備が出来ていない状態でされるのは肉体的にも精神的にも辛いです。もちろん避妊具も付けてくれない為、結果的に2人目を妊娠することになりました。望んではいましたが、正直複雑でしたし、不安でした。堕ろそうという選択肢も浮かびました。でも出来なかったです。またその時に旦那は躁状態を抜け出して、冷静に私を見て相当に落ち込みました。それで今度は鬱状態です。こっちの気がおかしくなりそうでした。

 

それから2人目が産まれてから、本当に旦那は変わりました。激しい躁状態が消え、私を叩くことも怒鳴り散らすこともなくなりました。一応念のためとミレーネを私の体に入れましたが、セックス自体しなくなりました。私がもうセックスに対して恐怖心がある事を理解してくれた為です。鬱状態は相変わらずあるのですが、一日中寝込んでいるとか希死念慮は弱まっているかと思います。

 

本来の旦那は、かなり真面目で愚直で、とても優しい人です。見た目はぽっちゃりしてかっこいいタイプだとは思いませんが、そういうところはあまり気にしていませんし、恥ずかしいですがなんだかんだで仲良いし、愛していると思います。多分向こうも愛してくれてると思います。多分。

 

そんな旦那が、性風俗のお店にお世話になっている事が発覚しました。俗に言う本番行為はしていないという事ですが、本当かは分かりません。知らない人は調べなくていいことですが、詳しく言えばデリヘルやオナクラを何度か利用したとのこと。利用した理由は、私を傷付けたくない、でも性衝動がすごくて発散したいからだそうです。

 

はっきり言って裏切られた感もありますし、かなり傷つきました。私を傷付けたくないからと、他の女性と性的な行為をする。意味が分かりません。傷ついてますが?

ですが旦那立場からすれば確かにそうなのかもと思える点もあります。抑えられないから苦しいのはもう分かりきってるし、それならと私ではなくてプロに頼ったというのは確かに優しさなのかもしれない。納得したくもないですが。ただの言い訳という可能性はきえませんし。

 

一応ですが話し合いも終わり、日常には戻りつつあります。離婚は考えていません。残念でムカつく事にまだ期待をしていますし、お互い反省はして、なんとか抑えられるように協力し合うという事で決着しました。それに子どもが旦那のことを大好きなんですよね。そりゃそうだ。働いてる私よりも一緒にいる時間も長いんだし。それは取り上げる気はないです。

 

ただですね。それから結構経った今になって、私はとても悲しい気持ちになってしまっています。眠れません。眠れないと正直、本当に正直な気持ち、もう全部終わらせようとも考えてしまう時もあります。結局子どもの事考えて死なないんですが。でもそれくらい追い詰められているんだと思います。

なんの面白みもない文章、申し訳ございません。

 

最後に。

道具でもなんでも使っていいから1人で勝手にしろよ。せめて相談しろよ。処理くらいならなんとかしてやるっての。

あーむかつく。最悪。やっぱ許す気なれんわ。無理。