八月頃に、かなり踏み込んだ内容のブログを書きました。
今でも、あの記事を公開したことが正解だったのかどうか、はっきりとは分かりません。
読み返すと、恥ずかしさもあります。
あまりにも生々しくて、感情が剥き出しで、よくこれを世に出したなと思います。
でも同時に、あの時の私は、それくらい追い詰められていました。
書かなければ、きっと自分の中で何かが壊れていた。
あの記事は説明ではなく、ほとんど悲鳴だったのだと思います。
あれからしばらく時間が経ちました。
今は、当時よりは穏やかに過ごしています。
少なくとも、「今日を乗り切れるかどうか」で毎朝目を覚ますような状態ではなくなりました。
ただ、何かが解決したわけではありません。
状況が良くなったというよりも、私自身が、壊れないための距離を取れるようになった、という方が近い気がしています。
嵐が去ったというより、嵐の中心から少し外に出ただけ。
風はまだ強いし、油断すればすぐに引き戻されそうです。
夫との関係について、「今はどうなの?」と聞かれることがあります。
正直に言えば、「大丈夫」という言葉で片付けられるほど単純ではありません。
関係が良くなったわけでも、問題が消えたわけでもないです。
私自身が、夫に踏み込むラインを意識的に浅くしました。
深く入り込みすぎない。
全部を理解しようとしない。
全部を背負おうとしない。
そうすることで、心がざわつく回数は減りました。
でもそれは、少し距離を置いた結果でもあります。
愛情や絆が薄れたのかもしれません。
正直、分かりません。
それを確かめる余裕すら、今の私にはありません。
それでも、夫が辛い時に話を聞く時間を作ること、支えようとする姿勢自体は続けています。
距離を取ることと、見捨てることは違う。
そう言い聞かせながら、なんとか踏ん張っています。
来年度から、上の娘が小学生になります。それだけのことで、不安が次々に湧いてきます。
入学準備、生活リズムの変化、親としての役割。
「ちゃんとやれるのか」「回らなくなったらどうしよう」
考え出すと、きりがありません。
この状態で、これまでと同じように夫を支え続けることは、正直かなりしんどいです。
気力も体力も、無限ではありません。
だから、私は一つ選択をしました。
管理職になったばかりでしたが、今月から完全に役職を降ろしてもらい、いち職員として働いています。
悔しさがないと言えば嘘になります。
「ここまで積み上げてきたのに」という気持ちは、確かにあります。
でも、今の自分に無理をさせ続けたら、もっと大切なものを失う気がしました。
それが何なのかは、はっきりとは言えません。
でも、「自分自身」であることだけは確かです。
昨年を振り返ると、本当に心労が絶えない一年でした。
夫のうつ状態が悪化し、私自身も「もらい鬱」に近い状態になって休職したこと。
祖母が亡くなったこと。
コロナによる施設内クラスターでの20連夜勤。
ゲームでの対人トラブルが続いたこと。
信頼していた友人からの裏切り。
職場の異性からのしつこい誘い。
そして、あのブログに書いた出来事。
こうして並べてみると、「よく倒れなかったな」と思います。
当時は、ただ必死でした。
止まったら終わる気がして、考える余裕もなく、走り続けていました。
今になって、ようやく疲れを自覚して休まなきゃと思っています。
その疲れは、趣味にも、居場所にも、はっきりと影響しています。
続けていた小説の執筆は、途中で止まってしまいました。
頭の中には、今もプロットがあります。
物語の流れも、結末も、ちゃんとあります。
でも、文章にするには、あまりにも余裕が足りません。
言葉を選び、構成を考え、納得いくまで向き合う作業は、心を削ります。
今の私には、その覚悟が持てない。
宙ぶらりんのままなのが悔しいです。
それでも、無理に再開して、書くこと自体が嫌いになってしまうのは避けたい。
だから今は、「また向き合いたい」という気持ちだけを、なんとか手放さずにいます。
ゲーム(FF14)も、私にとって大切な居場所です。
今もCWLSの代表という立場には置かせてもらっていますが、
実際のプレイはかなり控えめになっています。
ログインできるのは、ほとんどが午前0時を過ぎてから。
イベントを企画して、みんなで楽しんでもらう余裕はありません。
申し訳なさを感じる日もあります。
それに、対人関係にかなり臆病になっています。
今は、本当にごく一部の人と、たまに遊ぶくらいです。
それでも、このゲームをやめてしまったら、きっと私の心は折れます。
現実とは少し違う場所で、自分を保つ時間。
逃げだと言われても構いません。
今の私には、確かに必要な支えです。
以前は高難易度コンテンツに挑戦するのが当たり前でした。
今は、予習や復習が必要なものに向き合う気力がありません。
中途半端になってしまった自分が、悔しいです。
でも、生きることを優先するなら、出来ないことが増えるのは仕方がない。
今はそう思うようにしています。
それから、SNSについて。
ゲーム用のSNSを含めて、ほとんど動かさなくなりました。
意識的に距離を取っている部分もあります。
過去の対人トラブルが、思っている以上に尾を引いています。
文字を打とうとすると、余計なことを考えてしまったり、怖くなったりする。
以前のように、気軽に発信することが出来なくなっていました。
人と繋がる場所だったはずなのに、いつの間にか、消耗する場所になってしまっていたのだと思います。
ここも、どうにかしたい気持ちはあります。
完全に断ち切りたいわけではありません。
ただ、今はまだ、距離が必要な時期なのだと思っています。
それでも、来年は少しだけ、落ち着いた年にしたいです。
劇的に何かを変えたいわけではありません。
ただ、無理をしないこと。
背負いすぎないこと。
「今日を終えられた自分」を、ほんの少し認めること。
正直、うまく出来る自信はありません。
また立ち止まる日も、弱音を吐く日もあると思います。
それでも、今の私は、踏ん張っています。
投げ出していません。
諦めきってもいません。
このブログも、その一つです。
弱音を吐きながら、それでも前を向こうとしている、その記録だと思っています。
今はまだ、立て直しの途中です。
でも、途中であること自体が、ちゃんと生きている証拠だと、今は思いたいです。